・本当の賭博師は寡黙に勝負を続ける

最近の競馬場は子供連れやカップル、学生など様々な層が来ており、レースの行方に一喜一憂をしています。叫ぶ人も多く、当たれば雄たけびを上げ、負ければ罵声を飛ばすという光景はどこでも見られることです。しかし、ギャンブルを生業とする賭博師にいちいち雄たけびを上げたり、罵声を飛ばしたりする人は多くありません。常に寡黙に勝負を続け、大きな勝ちにも負けにも感情をそこまで動かさず、淡々と賭博行為を続けていきます。その姿は非常にスマートであり、見た目では素人がびっくりするような大勝負をしているようには見えません。こうした賭博師をお手本にマナーとは何かというのを考えていくことで、スマートに遊ぶためには何を心掛ければいいのかというのがわかるようになります。

・賭博は常に孤独の戦いを強いられる

賭博を生業にする人、もしくは賭け事を好む人のほとんどは単独行動が多いです。仲間と一緒にわいわい楽しむレジャー感覚ではなく、人生を賭けた勝負という意味合いが強く、その姿は非常に真剣です。賭博のマナーを学ぶ時にこの点は押さえておきたいところです。レジャー感覚で楽しみたい人であればみんなでわいわい楽しむというのはいいですが、賭博に真剣に取り組むという人ほどマナーは大事にすべきであり、1人で勝負をすることを心掛けないといけません。なので、賭博をしている最中にむやみに話しかける行為は明らかなマナー違反です。人によっては近くで笑い声を出されること自体に腹を立てる人もいます。それだけ真剣に取り組んでいる人がいるという事実を知り、敬意を持つことを忘れないことが第一歩です。それが息苦しいと感じるようでは賭博に縁がないと思った方がよさそうです。

・借金をして勝負してはいけないという常識

スマートに遊ぶことを考えた場合、一番やってはいけないことは借金をして勝負をすることです。借金をしてまで勝負する人はあともう少しお金があれば勝てると思いますが、実際にそれでうまくいくためしはありません。今までに成功体験があったとしても、最終的にやられる回数の方が多くなるので避けるべきです。賭博をたしなむ人は冷静な人が多く、これだけの金額を損したら今日はやめるというラインを認識しています。また勝っている場合でも利益を確定させて、あっさりと引き上げることに長けているのも特徴的です。実はこれも一種のマナーであり、ほどほどの勝ち、負けで収めるようにしています。むやみに熱くならないこと、冷静で居続けることも大事な要素です。借金を重ねて勝負する状況は明らかに健全ではありません。スマートに賭博を行っていれば健全に遊ぶことは十分に可能です。つい熱くなってしまう人は冷静に勝負する術を身につけるまで高額の勝負は避けるべきです。

・相手が勝っても負けても敬意は持ち続ける

賭博は己との戦いであり、最終的にその責任を持つのは自分自身です。ところが、スマートに勝負できていない人ほど自分の責任ではないと決めつけて、何かしらの理由をつけて誰かを非難します。ギャンブル場で選手の責任にし、罵声を浴びせることもいいことではなく、これではマナーが身に付いているとは言えません。賭博との付き合い方がうまい人は自分が勝ったこと、負けたことへの事実を認めやすいことが言えます。例えば相手が勝ったことへの自慢を自らにしてきても素直に称えることができ、自分がかなり負けたとしても素直にその負けを認められます。結局賭博は勝つか負けるかが重要であり、そのプロセスは関係ありません。相手がめちゃくちゃなやり方で楽しみ、それを咎めて正当性を主張しても、負けの事実は変わらないものです。だからこそ、素直に認めることも大事です。誰に対しても敬意は持ち続け、自分が勝って相手が負けたから強気に出るという行為をしていてはマナーは身に付かず、最終的に冷静さを失って自らも負けることになります。

・カジノは大人の社交場であり、人間性が問われる

日本でも本格的に導入され、賭博のマナーの重要性はより高まっています。借金をしてまで勝負してはいけないことぐらいはすでに多くの人が理解していますが、マジメな人ほど熱くなりやすく、負けを取り返そうとします。そうした人は必死になるので周りが見えなくなり、その振る舞いは醜いものに見えます。ドレスなどで着飾って立食パーティーに出かけ、普段は食べられないものが並んでいるから必死に食べようとする姿と変わりません。冷静な人ほどそこでたくさん食べようとはせず、雰囲気を楽しみます。冷静で居続ける人はそれだけ柔軟性があり、突発的な出来事にも対応できます。人間性が問われる場であり、見境なく必死になってしまう時点でその人間性が疑われても文句は言えません。マナーとはどういうものか、その姿勢を常に持ち続けることが自分を高めることにつながり、スマートさを生みだします。